『病気はチャンス』って本当ですか? 漢方専門医・喜多敏明先生インタビュー
2020/06/21
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千葉県にある辻仲病院柏の葉で漢方未病治療センター長を勤められる喜多敏明先生は、
「予約が取れない専門医」
として知る人ぞ知る存在です。
一度先生の患者さんになると、ずっと先々まで予約で埋まっているので
(定期的に診ていただいてる方が多いのです)
通常業務の中ではとてもこれ以上新規の患者さんを診る時間が無い……という状況なのです。
いわば、それほど患者さんから信頼されている「名医中の名医」。
その先生が『病気はチャンス』(クリエイトブックス刊)という、
一瞬耳を疑う様な過激なタイトルの本を出されて、
驚かれた方も多いのではないかと思います。
「そんな風に思える訳が無い」
「一体、医者なのに、どういう了見だ!」
なかにはそんな風にお感じになった方がいたとしても不思議ではありません。
まして、重い病床にあるとか、死の病に侵されている方にとって
それが「チャンス」と思えと言われても、ピンとこないどころか、
大きな戸惑いを覚えたとしても当然でしょう。
先生のお話は、病気という一見マイナスの体験の
いわば「捉えなおし」をする訳ですが、
そのように考え方を変えることで、
早く病気が治るだけでなく、
究極的には「生き方・在り方」が変わることも期待できるというのが
先生の今回の御著書の要諦のようです。
そんなお忙しい喜多先生に
「漢方といえば葛根湯」というレベルだった編集長が
インタビューをさせていただきました。
喜多敏明先生
医学博士、漢方専門医・指導医、未病医学認定医、ホリスティック治療家。
1960年生まれ。1985年富山医科薬科大学(現富山大学)医学部卒業。同大学和漢薬研究所漢方診断学部門助教授、千葉大学環境健康フィールド科学センター准教授(同大学柏の葉診療所長兼任)を経て、2013年より辻仲病院柏の葉・漢方未病治療センター長。日本東洋医学会理事、日本未病システム学会理事。(詳細はこちら)
●「病気はチャンス」って本当ですか?

こちらこそ、ありがとうございます。
それでは、さっそく、この本のタイトルである「病気はチャンス」という意味から教えていただけますか?
ちょっとビックリするようなタイトルですが…(笑)、
どのようなお考えや意図が込められているのでしょうか?
病気になった体験を、自分の人生の中でどのように位置づけるかを、自分で選ぶことができるということをお伝えしたかったのです。
なるほど。 自分で選べる、というのは自分次第、自分の責任という意味でしょうか?
まずは、そのように否定的に感じたり、考えたりしてしまっている自分を、さらに否定しないようにすることです。
なるほど。つい、自分を責めたり、何が悪かったんだろうと変に反省してみたり、治らなくてイライラしたりもどかしくなったり、いろんなマイナスの感情にさいなまされることが多いように思います。特に体調が悪いときほどそんな気がします。どうしても体調に引っ張られるというか……
そんなときこそ、病気で苦しんでいる自分のことを、わかってくれて、話を聞いてくれて、共感してくれる人を見つけてください。
そうか、家族や信頼できる先生の力を借りるということでしょうか。
入院中にお見舞いにきてくれる様な友人は、本当にありがたいですね!
病気になって苦しんでいるとき、私たちの心が傷ついているのです。
その心の傷を癒してくれる人が必要なんです。
病気を治療する前に、傷ついた心を癒すことが必要です。
そうですね、ホントに。 そして、それをなかなか分ってくれる人がいないと苦しみがますます続きます。 癒してくれる人、なかなか周りにいないですね… 会社の同僚とかも忙しいし… 家族も働いていたりすると、「早くなおってくれないと困る」とかいわれたりして、さらに傷ついてしまったり…
心が傷ついたままでは、いくら病気の治療を受けても、十分な効果を得ることはできません。
だから、私は、外来で初めて患者さんとお会いした時に、その患者さんの心の傷を癒すことを最優先にしているのです。
やはりそうなんですね! 癒してくれる人が一人でもいれば、全然違いそうに思います。 特にお医者さんに癒された記憶があまりなくて、喜多先生は違うと思いますが、一般にお医者さんは皆さん忙しいでしょうし!
医者だけでなく、日本人は今、みんなが忙しいですね。
人の心の傷を癒してあげられるような、心の余裕がなくなってしまっているのかもしれません。
●漢方との運命的な出会い
喜多先生が漢方と出会われたこと、漢方医としての道を選ばれた経緯などをお聞きしても良いですか?
富山で名医の教えを受けたとお聞きしていますが。
そう、運命的な出会いでしたね。
大学4年生のときに、漢方医学の講義があったんです。
今から35年前ですから、本当に珍しかったです。
その講義を担当してくださった先生が、とっても話が面白くて。毎回、楽しみに講義を受けていました。
やはり。そうなんですね。
他の講義とは違っていたんですか?
つまり、西洋医学と東洋医学の違いに気付かされる様なことはあったのでしょうか?
具体的にはどんな違いをお感じになりましたか?
心に残っている一言があります。
「漢方は心身一如(しんしんいちにょ)の医学である」
「心身一如」どういう意味でしょうか。
身体の問題と、心の問題を分けることはできないという意味です。
身体と心を分けずに、病人全体を診るのが漢方です。西洋医学は、身体と心をはっきりと分けて診ます。
言われてみれば当然ですが、西洋(現代)医学的には内科医あるいは外科医と精神科医は別の専門家です。
合理的なようでいて、分けることの弊害もあるように思うのは僕だけではないと思います。
どちらが良くて、どちらが悪いというわけではなくて、診かたが根本的に違うということですね。
どちらにも良い点と悪い点があると思います。
なるほど、そうなんですね。両者補いあえればベストでしょうね。なかなかそういう医療・治療現場も少ないのかもしれませんが。
現代西洋医学の診かただけでは限界があるので、それとは違う診かたをする漢方医学が注目されているのでしょう。
両方の良い所を組み合わせれば、最高です。
もうひとつ、漢方には独自の考え方があります。
どんな考え方ですか?
どういう意味ですか?
腕の良い優れた医者は、未病を治療するという意味です。
未病とは、病気になっていないが、健康でもない状態です。
不健康な状態ですね。
未病だけど、ちょっと具合がわるいとか、医者に行くほどではないけど市販薬で済ませちゃえとか、そういう状況ですね。
一般には、そのようなイメージでしょうが、ちょっと捉え方が良くないですね。
本当は、そういう状況でも相談できる先生がいれば良いのですが、つい忙しいとか、3分診療だからいいやとか、足が遠のいてしまいます。どう捉えれば良いですか?
そうなんですね!
健康を回復できるか、そのまま病気になってしまうか、その分岐点なのですから。
病気になってしまってから、健康を回復することは、とても大変なのです。
たしかに、そう考えることの方が合理的ですね。
先ほどの「病気はチャンスと捉えなおす」話とも通じていますね。
漢方医学は、未病の状態、不健康な状態をきめ細かくタイプに分けて、漢方薬で治療すると同時に、適切な養生をアドバイスすることを大切にしています。
病気の部分にフォーカスする現代西洋医学との違いがここにあります。
その辺り、すごくていねいと言うか、人間的な気がします。
イメージでは、現代西洋医学の先生はパソコンの画面を見ているけど、漢方の先生は患者の方を向いて観察してるという…
未病の状態では、検査データに異常がないので、患者さんが自覚している症状がとっても大切なサインになるのです。
なるほど!合理的な理由があるのですね。
●「がん」になってもチャンスと思えるか?
先生の御著書で伝えていることのなかで、いくつかインパクトがあった言葉があります。
「がんになったことが、自分の人生の中で最良の出来事だった」という言葉の意味するところを教えていただけますか?
はい。どうしても、そう考えてしまいます。
なにせ死亡原因の一番ですから…
人生に限りがあること、命に限りがあることを思い出すのです。
誰でも、知っていることですが、普段は意識しませんよね。
…意識したくないから、意識の外に置いてるイメージです。
しかし、「がん」になると、それを意識の外に置いておくことができなくなります。
その結果、ふたつの道に分かれます。
はい。
ひとつめの道は、「どうせ死ぬんだから、何をやっても同じ」という諦めの境地につながっています。
諦観、達観と言うとカッコいいですが、やや自暴自棄なニュアンスも感じられますね…
そして、もうひとつの道は、「限りある命だからこそ、残された人生を大切にして生きよう」という前向きな境地につながっています。
この道を選んだ人だけが、「がんになったことが、自分の人生の中で最良の出来事だった」という言葉を残せるのです。
なるほど……ギリギりの境地におかれるからこそ、ようやくその域に意識が向くようになるというところでしょうか。
まさに「究極の意識変化」ですね!
●「治る力」を引き出すとは?
もう一つ、最後にお尋ねしたいのですがよろしいでしょうか。
本書のサブタイトル「治る力を引き出す漢方」について、どう漢方は引き出してくれるのでしょうか?
そもそも「治る力」というのがどういうものか、教えてください。
命の力、ですか。
私たちは、自分が、自分の命の主(あるじ)だと勘違いしています。
え、違うんですか!
本当は、逆ですね。
命の働きによって、私たちは産まれ、生きているわけです。
命によって生かされているのが、私たち人間なのです。
そうなんですね!
「命の働き」が先で、産まれて生きる…。
父母の「働き」ということだけではなく…ナニカもっと深い意味がありそうですね。
そうですね。人間よりも先に存在する命を、人間の頭で理解することはできないでしょうね。
でも、その偉大さを感じることはできるでしょう。
生きているというより、生かされている感覚です。
生かされている感覚を実感できれば、自然に感謝の気持ちが生まれます。
本当にそうですね。感謝しろと言われてもできないものですが、「生かされている」といういわば謙虚な心の在り方に思い至れば、世界に「ありがとう!」と言いたくなります。
そして、命とのつながりが深くなります。
同時に、命が本来の働きを発揮するようになります。治る力も自然に引き出されます。
さらに、感謝が深まりそうです。
今日は貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございます。僕も命の本来の働き、発揮できるようになりたいものです。本当に最後にひと言。この本をどんな方に特にお勧めしたいですか?
自然の力を大切にしながら生きている人に、ぜひ読んでもらいたいです。
今日は素晴らしいお話をありがとうございました。
とても印象深いインタビューとなりました。
【編集長の編集後記】
先生は漢方専門医ですが、大学医学部を卒業されていますから、
(当然ですが) 西洋医学に通じていらっしゃいます。
その上で、あえて東洋医学の思想そのものをベースとした「漢方」をチョイスされた理由として、運命的な出会いをして、漢方の教えに合点が行ったとのこと。 いまは西洋医学、東洋医学と分離したり対立するのではなく 両者を統合した「統合医療」あるいは「ホリスティック医療」を実践しつつ、広める努力をされています。 その様な高い志が随所にあふれている本書をぜひ、広く読んでいただければと願って止みません。 インタビューの最後に語られた「治る力を引き出す」という話題の中で 「命(いのち)の力」という力強いキーワードが出てきました。
私たちは生きているのではなく、生かされている。
人知を超えた(頭での理解は難しい)存在へのリスペクト。 生かされていることに気付けば自然と感謝が生まれる。 命とのつながりが深まれば命が本来の働きを発揮する。 どれも深いお言葉で、もっといろいろお聞きしたいところでしたが、 この続きはまた次の御著書で語っていただければと思います。
命を大切に……自分ごとでもあるだけでなく、家族や仕事を通じた人間関係や、ご近所さんや、そういうつながりを大切にすることは、「自然の力を大切にしながら生きる」ということでもあるのですね。 きっとエコロジーや宇宙の神秘にも通じているのではないでしょうか。
【本日の1冊】
『病気はチャンス 治る力を引き出す漢方』